イデアデイ idea-day

30歳男の理想像を追求するブログ。日々のファッション考察、コーディネート、アイテム紹介、トレーニングなど。「イデア」は哲学用語ですが、一般的には「理想」とか「実像」とか言ったりします。目に見えているものはイデアの影であり、その背後にある本質的な部分やものごとの原型部分をイデアといいます。 男性としてのイデアを追い求め、日々の考察、気づきなどを書いていければと思います。

趣味としてのおしゃれを突き詰めるほどダサくなる

僕自身おしゃれの割合は、趣味としての楽しみ半分、自己承認のため半分、といった感じです。

趣味としては、単純に服が好きで、素材やシルエット、細かなディテールが美しい製品に惹かれます。単なる実用品としてだけの服ではなく、芸術的な目線で服を見て、それが欲しくなります。

もう一方、自己承認のためのおしゃれは、かっこよくなった自分を自分自身で認めたいから。そして、さらに人から認められたい、かっこいい大人と思われたいという欲求があります。

なので服を買うときに、芸術品として美しくて欲しいと思う服があっても、一方で自分に似合うか、かっこよく見えるかということのバランスも考えて服を買います。

趣味一辺倒であれば、他者の目線はほとんど気にならないので、自分の好きな服を買えます。そのような自分を貫く人もセンスが抜群であれば、かっこよくもなりますが、他者の目を気にせずに自分を貫いてかっこよくなるのは、まあ中々難しいと思います。

服を趣味だけで拘り過ぎると大抵はダサくなってしまうような気がします。

僕は良い服を見るために伊勢丹メンズ館によく行きます。(買うことはほとんどありませんが)

最近は見慣れてしまい違和感がなくなってしまいましたが、初めて行った時は、お客さんや店員のファッションに悪い意味の衝撃を受けました。

多くの人が、合いもしないイタリアオヤジファッションをしていたり、かなり奇抜な黒づくめの魔法使い系ファッションをしていたり、ギラギラしたスタッズをつけた靴を履いていたり、スタイルがさほど良くもなく純日本人的な顔の人がサンローランできめていたり、とにかく滑稽だなという印象でした。

高価な服は基本的にディテール(装飾)が多いことが多く、それを組み合わせすぎるので、全体コーディネートとしてごちゃごちゃしている人が多い印象です。

しかもお客さんには意外と顔や体型が微妙な人が多く(髪が整ってなかったり、姿勢が悪い)、服よりも先ずはそこをしっかり整えた方がいいのではと思いました。伊勢丹メンズ館にいる人ほどダサい。これは自論ですが、伊勢丹メンズ館に行ったことのある人は多少分かると思います。

恐らくここに集まる人の多くは、本当に趣味で服が好きな人か、センスのない成金か(最近中国人が多いこともダサくなっている要因だと思う)のどちらかだと思います。

服好きが度を過ぎると、自分自身が見えなくなり、その人相応のファッションを見失って感覚が麻痺してしまうと思います。背丈があまりない僕にはサンローランのセットアップは似合わないですし、キャラクター的にスタッズギラギラの靴も似合いません。服は大好きですが、まだ僕は自分自身は見失ってしまうほどではないと思っています。しかし、そういう僕も伊勢丹メンズ館にいるような背丈の合わない粋がった人たちに徐々に染まっているのかもしれません。最近伊勢丹の人たちを見ても何とも思わなくなりましたし。

服は好きなこと前提で、さらに自分に似合うことが最も重要だということを肝に銘じながらこれからもファッションを突き詰めていきたいです。

 

ただ、今まで熱弁してきたこれらのことは、女性にはあまり当てはまらないように思います。男性とは逆に女性はファッションを突き詰めるほど綺麗に又はかっこよくなっていくように思います。これは女性はファッションに目覚める時期が早い(幼少の頃から女性は身なりに気を使い始める)ためファッションセンスの土台がしっかりしてるからだと思っています。そのベースがあるので拘れば良い方向でファッションが磨かれていく。男は早くても高校生くらいからでその差は大きく、基礎がしっかりしていないのに拘りだすからダサくなっていく。

また、以前のブログにも書きましたが、女性の方が身体的に服が似合いやすいし、ファッショナブルに見えることも一理あると思います。

 

今は趣味としてのファッションを楽しみつつも、自分を客観視しながらセンスを磨き、いずれは趣味だけで自己満足で好きなようにファッションを楽しみながらも他人から見てもカッコいいと思われるような大人になりたいです。